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長崎地方裁判所 昭和62年(ワ)410号 判決

原告

国内信販株式会社

右代表者代表取締役

塚 本 英 志

右訴訟代理人弁護士

阿 部 利 雄

被告

宮 崎 高 利

右訴訟代理人弁護士

柴 田 國 義

被告

向 原 正 雄

主文

一  被告向原正雄は原告に対し、金五三一万五五一円及びこれに対する昭和五九年二月一二日から支払済まで年二九.二パーセントの割合による金員を支払え。

二  原告の被告宮崎高利に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告宮崎高利との間においては原告の、原告と被告向原正雄との関係においては被告向原正雄の各負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、連帯して金五三一万五五一円及びこれに対する昭和五九年二月一二日から支払済まで年二九.二パーセントの割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら共通)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は被告宮崎高利との間で、昭和五三年一二月二九日、左記要旨の立替払契約を締結した。

(一) 被告宮崎は原告に対し、同被告が訴外有限会社平山家具に対して負担する店舗内装工事請負代金一五〇〇万円の内金八九〇万四〇〇〇円を、同被告のため右平山家具に立替払いすることを委託する。

(二) 同被告は原告に対し、右立替金及び手数料三二〇万五四四〇円の合計金一二一〇万九四四〇円を、昭和五四年一月から昭和五八年一二月まで、毎月二七日限り各金二〇万一八〇〇円宛分割して支払う(但し、初回は金二〇万三二四〇円)。

(三) 遅延損害金は年二九.二パーセントの割合とする。

2  被告向原正雄は原告に対し、昭和五三年一二月二二日、被告宮崎の原告に対する前項記載の債務につき連帯保証する旨を約した。

3  原告は前記平山家具に対し、昭和五四年一月一三日、第1項(一)記載の立替金を立替払いした。

4  被告宮崎の既払分は合計金六七九万四四四〇円である。

よって、原告は被告らに対し、立替金残金五三一万五五一円及びこれに対する最終弁済期後である昭和五九年二月一二日から支払済まで年二九.二パーセントの割合による約定遅延損害金の連帯支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告宮崎)

1 第1項の事実のうち、被告宮崎が形式上本件立替払契約の当事者となっていることは認めるが、その余は否認する。

訴外有限会社平山家具に対して店舗内装工事請負代金債務を負っていたのは、被告宮崎から右店舗を賃借していた訴外井川艶子であり、本件立替払契約の真実の当事者もまた右井川である。

2 第3、4項の各事実はいずれも不知。

(被告向原)

すべて認める。

三  抗弁(被告宮崎)

1  被告宮崎は、前記井川艶子及び被告向原の依頼を受けて、本件立替払契約の当事者として自己の名義を使用することを許諾したのみであり、原告に対して債務を負担する意思を有していなかった。

2  本件立替払契約の締結を担当した原告の福江営業所長小川某及び原告従業員西平隆司郎は、前項記載の事実を了知していた。

3  したがって、本件立替払契約における被告宮崎の意思表示は民法九三条但し書の規定により無効である。

四  抗弁に対する認否

1  第1、2項の事実は否認する。

2  第3項の主張は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一被告宮崎に対する請求について

1  〈証拠〉には、請求原因第1項にそう事実の記載がある。

2  被告宮崎は、本件立替払契約における真実の当事者は訴外井川艶子であり、同被告は単に契約申込人としての名義の使用を許諾したにすぎず、右契約書による同被告の意思表示は真意に基づいてなされたものではなく、原告の契約担当者である小川及び西平はこの点を了知していた旨主張する。

〈証拠〉によれば、以下の事実が認められる。

被告宮崎が新築したビルの一室を借りて割烹料理店の営業を開始しようとしていた訴外井川艶子は、昭和五三年夏ころ、前記有限会社平山家具との間で右店舗の内装工事請負契約を締結し、同会社の代表者平山庄一は右契約に基づいて同年一〇月末ころ右内装工事を完成させ、右請負代金の内金一五〇万円は右井川から支払を受けたが、残代金については右井川が原告に立替払契約の締結を申込み、これによって原告から立替支払を受ける予定であったところ、原告は右井川の信用が十分でないとして立替払契約の締結を拒否し、このため残代金の支払を受けることができなくなった平山は、原告福江営業所長代理であった小川某に相談し、右小川から建物賃貸人である被告宮崎に申込名義人になって貰えば良いとの示唆を受け、そのころ、井川とかねてから親交があって同人の別の借入れにつき保証人になったことがあり、本件の立替払契約においても連帯保証人となることを承諾していた被告向原とともに、被告宮崎に対し、立替払契約の申込人として名義を使用させてもらいたい旨依頼した。被告宮崎は、当初これを峻拒したものの、その後被告向原の知人で、被告宮崎が世話になったことがある訴外今村甚吉からの依頼があったため、断り切れずに最終的にはこれを承諾し、その結果前記契約書(甲第一号証)が作成されたが、実際の分割支払は、昭和五七年一一月初めころ、井川が店舗の営業を放擲して所在不明になるまでは、井川において被告宮崎名義の銀行預金口座を利用して支払を継続していた。

3  右認定事実によれば、本件立替払契約の基礎となった原告加盟店平山家具との店舗内装工事請負契約の注文者、すなわち右請負代金債務の債務者は前記井川であり、被告宮崎が右井川の平山家具に対する請負代金債務を引受けた事実はなく、したがって被告宮崎が原告に対して平山家具に対する請負代金債務の立替弁済を委託した形となっている本件立替払契約は、平山家具と被告宮崎との間においては実在しない架空の契約に基づく債務の立替弁済を内容とするものにほかならず、信販会社の加盟店が自己の金融を得る目的で名義使用許諾者の協力を得てなす架空の売買(いわゆる「空売り」)等に基づく立替払契約の場合と同視することができる(本件の場合は、平山家具が回収不能となった井川に対する代金債務の満足を原告からの立替金で得る目的でなした点において、空売りの場合とは若干態様を異にするが、立替えるべき債務が実在しない点では同じである。)。

ところで、いわゆる空売りに基づく立替払契約において自己の名義使用を許諾した者は、加盟店の信販会社に対する詐欺行為のいわば幇助犯であるから、原則として、民法九三条本文ないしは信義則により、基礎となった加盟店との契約が虚偽仮装のものであり、立替払いの申込の意思表示が真意に基づかないことをもって、善意の信販会社に対抗することはできないと解するべきである。ただ、立替払契約は、構造上及び実務の運営上かような変則的利用を防止しにくい要素を胚胎しており、また、かような契約類型の法律効果やシステムに明るくない者は、迷惑をかけないからという加盟店の申し出に何ら危惧を抱かず、自らは債務を負担する意思が毛頭ないまま名義使用を応諾する場合も少なくないと考えられ、一方、信販会社は、信用状態の様々な多数の加盟店を擁し、これを通じて広汎かつ簡易な与信取引を展開し利益を上げているのであるから、加盟店に対する厳密な信用審査や指導を十分に行わなかったため、あるいは信販会社の担当従業員の故意過失によってかような変則的利用によるトラブルが発生したと認められる場合には、公平の原則上ないしは民法九三条但し書により契約は効力を生ぜず、過失相殺の適用のある不法行為による損害賠償請求をなしうるのみであると解し、もって信販会社自身においても危険の一部あるいは全部を負担すべきものとするのが相当であり、契約当事者としての名義使用を許諾したことの故をもって、許諾者が常に立替払契約上の債務の負担を免れないと解するのは相当ではないと考えられる。

然るに、本件の場合においては、前認定のとおり、原告の福江営業所長代理小川は、井川の立替払契約の申込が原告から拒否されたため同人に対する請負残代金を回収できなくなった平山から相談を受け、平山家具と被告宮崎との間に何ら請負契約が存在せず、被告宮崎において右請負代金債務を負担しなければならない理由が何ら存しないことを知悉していたにもかかわらず、平山に対し、被告宮崎に立替払契約の申込名義人になって貰うよう示唆し、かつ被告宮崎の名義貸しによる立替払契約の申込を容認していたものである(この点に関し、証人西平は、小川及び西平は、店舗内装工事代金についての立替払契約の申込人が井川から被告宮崎に代わった理由につき、平山から、右工事の施工主が代わったためであるという説明を受けてこれを納得し、被告宮崎の申込が名義貸しによるものであることについては了知しなかった旨証言するが、証人平山は、被告宮崎に名義貸しを頼んで断られた後は働きかけをしておらず、最終的に同被告が承諾したことについては事後に聞いたのみであると証言しているし、そもそも西平らが既に完成終了した工事の施工主がその後に代わったという不自然な説明に納得したという点は疑わしく、かつ平山家具に対する工事注文者である井川の申込が原告から拒否された後、同一の請負代金債務につき代わって被告宮崎の立替払契約の申込がなされたという状況からすれば、被告宮崎が井川の代役であり、名義貸しによる申込にほかならないことは当然推察できた筈であるのに、これを了知しなかった旨強弁するなど、信用性に欠けるといわざるを得ない。)から、このような場合、前述したところにしたがい、原告は名義使用許諾者たる被告宮崎に対して立替払契約に基づく債務の履行請求はできないと解するべきである。

4  よって、原告の被告宮崎に対する本訴請求は失当である。

二被告向原に対する請求について

1  被告向原との関係では、請求原因事実はすべて争いがない。

2  右事実によれば、原告の被告向原に対する請求は正当である。

三結論

以上の次第であるから、原告の被告宮崎に対する請求はこれを棄却し、被告向原に対する請求はこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官池谷 泉)

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